#04

いつかロビーを思い出す
I will recall his Robby

読了時間:約10〜15分

「つまんないかもしれないけど」と、前置きされた。ベンチにひとりで座って眺めていると確かにつまらない。
 
「よかったら一緒に蹴ってみる?」
 
 そう誘われたが、断って正解だったと思う。
 
 小学生のときから運動が苦手だ。転んで膝をすりむいたり、髪がめちゃくちゃになったり、汗をかいて化粧がくずれたり。私はそういうのを健やかに楽しめるタイプじゃない。
 
 休日は彼氏のサッカーの応援という、青空の似合う爽やかな言葉の響きにつられて来てはみたものの、空にはいまにも雨が降り出しそうな重たい雲が垂れこめているし、骨組みに幕が張られただけの巨大な仮設テントみたいな屋根の下は薄暗くて、爽やかどころか、かなり陰気だ。しかも屋根はあっても壁がなく、ボールが外に飛び出さないよう四方をネットで囲んでいるだけだから、風がびゅうびゅう吹き込んで、じっとしているとかなり寒い。
 
 コートを走り回るカケルは、ときどき私のほうを振り向く。私がちゃんと自分のことを見ているか気になるらしい。だから私はずっと唇の端を持ち上げて、楽しそうな表情を顔に貼りつけていなければいけない。けっこう疲れる。
 
 私みたいなど素人から見ても、目の前の男たちのボールの蹴り方はぎこちない。パスがちっともつながらないし、シュートはゴールと全然違う方向に飛ぶ。なんだか見ているだけでさびしいような、恥ずかしいような気持ちにさせられる。
 
 見に行きたい、と最初に言い出したのは私なので仕方ないのだが、カケルの他に彼女連れはいないから女は私ひとりだし、もちろん誰もかまってくれないし、とにかく早く帰りたい。チームのまとめ役みたいな人が、二時間で八四〇〇円だからひとり七百円ねー、と言って試合前に集金していたから、まだこれから一時間半もここにいなくちゃいけないのか。
 
「じゃあこれ頼むわ」
 
 そう言ってカケルから渡された黒いカシオのストップウォッチは、私の手のひらのなかで00:00:00の表示のまま微動だにしない。一〇分経ったら教えて、と言われていたことを今さらながら思い出す。どうやらスタートボタンを押さなければいけなかったらしい。
 
 ◇
 
 カケルとは、大学のサークル同士の合コンみたいな飲み会で知り合った。
 
 私は国際文化学部で、彼は理工学部。学年は一緒だけれど、むこうは一浪だから正確には私のほうがいっこ下になる。同じ大学とはいえキャンパスが違うから、普段、大学で顔を合わせることはない。
 
 その飲み会に参加した男のなかで、ぱっと見で一番いいなと思ったのがカケルだった。背は低いけど顔はけっこう整っていたし、チャラそうな服を着ているわりに、話しかけてみると案外性格がよさそうだった。うん、悪くない。そう思っていたら、飲み会が終わった後、カケルの方からLINEでアプローチされた。
 
 ふたりきりで何度かデートをして、彼の部屋に誘われた。いちおう念のため、他に女がいないことを確かめると、高校のときの彼女と卒業してから別れて以来、ずっと彼女がいないという。私は私で、前に付き合っていた軽音学部のベースの男と自然消滅っぽい感じで別れてからしばらくひとりだった。だからなんとなく雰囲気に流されるまま、私はカケルと付き合うことにした。つい二週間前のことだ。
 
 カケルのワンルームの部屋には、青いユニフォームを着た、後ろ髪がへんてこな外国のサッカー選手の古いポスターが貼られている。最初に部屋に入ったときから私はそれが気になっていた。
 
 インテリアのためにポスターを部屋に飾る人はいるけれど、今どきサッカー選手のポスターを壁に貼る男は珍しい。そこからは何というか、本気の匂い、みたいなものがぷんぷん漂っていて、その一角だけ、新興宗教の教祖さまを祀っているような雰囲気だった。
 
「サッカー、好きなの?」
 
 カケルとのはじめてのセックスが終わった後、だらだらとした会話のなかで、ポスターを指さし何気なく訊ねたら、彼は、「うん。この人は永遠のヒーロー」と言った。
 
「俺の教祖さまみたいなものだね」
「ぷっ」
「え、変?」
「いやべつに変じゃないけど。ごめん。そんな感じだな、と思ってたから」
「リアルタイムで見てたわけじゃないんだ。でも高校んとき俺、友達と遊びでフットサルはじめてさ、そしたらハマって。で、いろいろユーチューブとかで昔のサッカーの映像とか見てたら、出会っちゃったんだよね。やばいんだよ。この人のプレー、まじでカッコいいんだって」
 
 興味は一切なかったけれど、付き合いはじめたばかりだったから、「えーじゃあサッカーのこといろいろ教えてくれる?」なんてしなを作って腕をつかんだら、カケルは、え、いいよもちろん、とすごく嬉しそうな顔になった。簡単な男だな、と思った。
 
「俺ら、土曜の午後いつも仲間と蹴っているから、よかったら見に来る?」
「えー行きたい。見たい。すごいね」
「いや別にすごくはないけどさ」
「カケルってサッカー上手いの?」
「いやそんな上手くないよ。それにサッカーっつうか、フットサルね」
「何が違うの?」
「人数」
 
 ◇
 
 そんな上手くない、という表現は謙遜だと思っていた。でも実際にこうして自分の目で確かめると、カケルは「そんな上手くない」どころか、全然上手くない。
 
 ボールを蹴るときのフォームがぎこちないし、腰が浮いていて走り方も変。ネット一枚を隔てた隣のコートでだらだらシュート練習しながら遊んでいる中年のおじさんたちの方が、脚にしっかり筋肉がついていてボールの扱いもよほど上手い。
 
 もう終わらないかな。そう思いながらストップウオッチにちらりと視線を落とすと、やはりまだ00:00:00のままだった。いま、試合がはじまって何分経っただろう。
 
 ◇
 
 カケルの部屋にはじめて泊まった翌日、いちおう合コンに誘ってくれたサークルの友達に報告しておかなくちゃと思って、幹事だったアコちゃんにメールを送った。アコちゃんは理系なので、普段はカケルと同じキャンパスに通っている。
 
「えー、まじびっくりなんだけど」
 
 アコちゃんは驚いて電話をかけてきた。
 
「あんたとカケルかー」
「だめかな」
「いや、別にいいんじゃない。いいと思うよ。でも、あいつのどこがよかったの?」
「うーん、よかったっていうか、なんとなく流れで」
「はは。あいつ顔はいいけど頭悪いし、サッカー馬鹿だよ」
「みたいだね」
「週末とか真夜中にサッカー見てんだよ。土曜はフットサルでつぶれるし、部屋にサッカーボール転がってるし」
 
 やけに詳しいね、と言ったら、アコちゃんは、実はちょっとだけあいつと付き合ったことあんだよね、と笑いながら正直に告白した。
 
「そうだったんだ」
「うん、でも一ヶ月で別れた。一年のときね」
「なんで別れたの? サッカーのせい?」
「いやていうか他に好きな人できちゃって」
「今の岡崎さん?」
「ううん、その前の吉田くん」
「あ、歌舞伎役者みたいな顔の人だ」
「そう。でも、カケルのおかげであたし、けっこうサッカー詳しいよ。オフサイドとか説明できるよ。すごくない?」
「私もこないだそれ聞いた。でもまだよくわかんない」
「カケルの部屋、まだロベルト・バッジョのポスター貼ってある?」
「ロベルト?」
 
 私はそのときはじめて、ポスターの青いユニフォームの人の名前を知った。
 
「ああ、髪型が変わってるよね」
「動画見た?」
「え、何、見てない」
「たぶんそのうち見せられるよ。あー、ロビーか、懐かしいなあ」
 
 そのロベルトさんのことをアコちゃんは、ロビー、と親しげに呼んだ。まるで、子どものとき実家で飼っていた犬や猫や小鳥みたいに。
 
 ◇
 
 私はこれまで、顔の好みとなんとなくの勢いで誰かをうっかり好きになる、という恋を繰り返してきた。十七歳ではじめての彼氏ができてから、二一歳の今に至るまで、ほとんど途切れずに恋人を作ってきた。
 
 顔立ちは普通だし、デブではないがかといってさしてスタイルがいいわけでもない。髪にはそれなりにお金をかけているけれど、化粧品や服は安物が多い。いい女か、と聞かれれば、たぶん違う。でも積極的にしゃべって、笑って、褒めて、なれなれしいくらいの感じで誰とでも打ち解けて接していると、男という生き物は自然と近寄ってくる。
 
 正直なところ私の場合、さびしさを感じずに生きていられるなら、相手は誰でもよかった。こいつは生理的に受け入れられない、隣を歩くのが恥ずかしい、という種類の男たちを除外して、そのなかでちょっとでもいいなと思える男なら誰でも。カケルの前に付き合った軽音学部の男もそうだったし、その前のバイトで知り合った男もそうだった。
 
 軽音の男と最後に会ったとき、たばこ臭い会話のなかで私は言われた。
 
「お前さ、本気で誰か好きになったことあんの?」
 
 は? と言い返して、あるよ、とそのときは答えたけれど、今となってはその答えもあやふやな感じがしてもどかしい。本気で好きになる、というのがどういうことなのか、私はよくわからない。ときどき歌や雑誌や漫画に出てくる、愛、という言葉のように。中学や高校の地元の友達には、すでに結婚した子が何人もいる。なかには子どもを産んだ子もいる。なのに私は、いまだに人を好きになるというのがどういうことか分からない。そのことに焦りを感じるときもある。うっかり好きになるのと、本気で好きになるのは、いったい何が違うのだろう。
 
 というわけで私はまたさみしさに耐えられなくなって、ちょっといいかもと思った男を見つけて、流れに身を任せることになったのだった。
 
 ◇
 
 一昨日、カケルの部屋でDVDを見させられた。
 
 そこには真夏の強烈な日差しのなかで息苦しそうにサッカーをしている男たちが映っていた。だぶだぶのシャツが九〇年代ファッションを感じさせた。髪型もどこか垢抜けず、眉毛も全体的に濃い。そんな選手たちのなかに、ロビーもいた。
 
「やっぱ、九四年のアメリカ大会だよね。これはやばい」
 
 それは昔のワールドカップのドキュメンタリーだった。
 
 決勝戦がPK戦にもつれこみ、最後にシュートを外したのがロビーだった。
 
 勝って喜びを爆発させるカナリア色のシャツの選手たちとは対照的に、ゴール前に突っ立ったまま両手を腰に当て、絶望を堪え忍ぶようにうつむくロビーの姿が印象的だった。青いユニフォームの裾が半分、白い半ズボンからだらんと垂れ下がっていた。後ろ姿のポニーテールが悲しそうだった。
 
「かわいそう」
 
 私は言った。本当にかわいそうだったから。
 
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
 
 私の横で、カケルはなにやら格言めいたことを口にした。なぜか自慢げな口調で。
 
「何それ」
「バッジョの言葉」
 
 それ、アコちゃんにも教えてあげたの? という質問が喉まで出かかって、私はそれを飲み込み、へえ、とだけ言った。
 
 ◇
 
 コカコーラの赤いベンチに座っている私のそばには、くたびれた黒のボストンバッグが置いてある。まるで飼い主に待たされた犬のように退屈そうに。
 
 半開になったチャックのあいだからは、スポーツタオルや財布やスマホ、飲みかけのアクエリアスや着替えの靴下、丸まったジーンズがのぞいている。ここに来る途中、「よかったらこれでも着ててよ」と電車の中でカケルから手渡された、安っぽい化学繊維素材の赤いシャツも。ありがと、と受け取りつつサイズを確かめたらインポートのメンズLで、「大き過ぎるよこれ」と返したら、彼は、「インビンシブルズのときのピレスなんだけどな…」とまったく意味のわからないことをつぶやきながら残念そうに丸めてバッグに押し込んだのだった。
 
 寒いから上にこれを着ていようかな、と思い、手をつっこんで引っ張り出してみたものの、袖を通したとたん、酸っぱい臭いが鼻をついたので思わず身を引き、私はまたそれを丸めてバッグの底に戻した。カケルはどうしてこんなものを私に着せたいのだろう。どうして、アコちゃんと付き合っていたくせに、ずっと彼女いないなんて嘘をついたのだろう。
 
 男は変な生き物だ。ふと、ぶかぶかの男物のワイシャツを女に着せると興奮する、とテレビのバラエティ番組で大阪弁のタレントがしゃべっていたのを思い出す。そういえば、軽音の男は服のサイズがSだった。カケルよりも背は高かったけれど、あばらの骨が浮くぐらいの痩せ型だった。サッカーはもちろんスポーツ全般に興味のない男で、そのかわりバンドをやっているだけあって音楽のことはやたら詳しかった。ときどき部屋でベースではなくギターを弾いて歌っていた。でも音痴だった。まあ、そんなの、もう私にはまったく関係のないことだけれど。
 
 ときどき、思い出したくもない昔の男の記憶が次々に浮かんでくることがある。終わった男のことなんて、何もかもどうでもいいことなのに。
 
 私もいつか、アコちゃんと同じようにカケルの部屋を思い出して、ロビーか、懐かしいな、なんて言うようになるのだろうか。
 
「ロビー」
 
 小さく口にすると、なんだかもう、カケルよりもロビーのほうに愛着が移ってしまったような気がして戸惑う。かっこいいロビー。かわいそうなロビー。PKを外したときの後ろ姿が、私の脳裏に焼き付いている。
 
 ていうかもう一〇分、過ぎたんじゃないかな。そう思ってベンチから立ち上がると、目の前でカケルがシュートをした。
 
 ボールがネットに勢いよく絡まって、男たちの太い声が高らかに響く。カケルは仲間たちと軽く手のひらを合わせ、ナイシューなんて言われながら、自分のポジションに戻っていく。そしてちらりと私のほうを見て、嬉しそうにはにかんだ。
 
 私は拍手をする。すごーい、と唇を動かす。
 
 そして思う。サッカーはべつに好きでもなんでもないけれど、ゴールを決めたカケルの顔は好きかもしれない。こうやって私はまた、うっかり誰かを好きになってしまう。いや、これはうっかりなのだろうか。こういうのは、本気、ではないのだろうか。
 
「ねー、もう一〇分経ったみたいなんだけどー」
 
 声を張り上げると、カケルは頷いて、ラストワンプレー、と叫んだ。

FOOTBALL SHORT NOVELS COLLECTION :
FOOTBALL AND LOVE SONG
Written by Masashi Fujita

memo

94年のワールドカップはバッジョの大会でした。ブラジルとの決勝でPKを外したあのシーンは鮮烈に記憶に残っています。喜ぶタファレルと、PKスポットのところでうなだれるバッジョの明と暗。バッジョのプレーはいつも美しかった。ボールタッチひとつにしても、まわりとは全然違う。あれほど美しい敗者のたたずまいを僕は知りません。バッジョ、大好きです。「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」。この名言をときどき思い出して、自分の勇気にしています。(著者)